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2011年門司港年越し旅行 【1】 年末の瀬戸内の景色 ◆

2011年、大晦日。
年末のあわただしい空気の中、31日から2日までの3日間、山陽-九州-山陰-四国というルートで旅に出ました。
さすがにこの時期は田舎に帰る人、年越しの必要なものの買い出しの人、年始をイベント会場や社寺で迎える為に移動する人。
乗客は様々・・・そんな中、私一人が年末年始という呪縛から解放され、ただの3連休という軽いのりで旅をしています。
今回はそんな年末年始の旅を紹介します。
もちろん年越しイベントにもちゃっかり参加したり、大晦日終夜運転もうまく利用して旅をしまいます。

2011年12月31日(土)

大阪(107B) → 西明石(1307M) → 姫路(321M) → 岡山(1307M) → 尾道(437M) ◆

大阪からは5:26の普通西明石行きに乗車するところから旅が始まりました。
この列車は山陽方面に行く時は必ず利用する列車です。
西明石行きの普通列車ですが、西明石で姫路行きに連絡しており、岡山方面新見行きの普通に乗り継げます。
後の快速列車でも新見行きに乗り継げるのですが、この列車のメリットは新見行きの席確保と朝寝坊対策が目的なのです。
新見行きの普通列車は115系イエロー。



姫路駅を出ると、姫路モノレールの廃線が見えます。
さらに網干駅付近では、網干総合車両所に留置されているクモヤ145を撮影。
えきのて鉄道旅行記では定番の撮影となっています。



途中は省略し、手順に尾道駅に着きました。
今回は尾道駅で下車し、駅前の風景を撮影します。



青い空と尾道駅、そして丘の上には尾道城。
尾道城がとてもきれいに写りました。




でも実はこの尾道城、観光目的に造られたお城なのです。
そもそも歴史上、尾道城というものはありません。
さらにこのお城はすでに閉館し、廃墟なのです。
よく見ると、しゃちほこが一つありませんし、瓦も壁も色褪せていますよね。



でも、写真も撮りよう。
こうやって撮影すると、あたかも昔からあったお城のようにみえます。



「尾道城」で検索すると尾道城の廃れ具合を扱ったサイトが見つかりますが、それでもいいと思います。
盛者必衰とはまさにこのこと、廃れ行くもの、それもまた歴史。
私はそう思います。

少し複雑な気分になりましたが、切り替えて尾道の海を見ます。
一見、運河のようにも見えますが、海です。
向こうに見えるのは、しまなみ街道の尾道寄りの最初の島、向島です。



しまなみ街道の尾道大橋です。
この橋だけ徒歩・自転車・原付の走行が出来ません。
その他の橋はこれらの通行が可能で、瀬戸内海を徒歩で渡ることも可能なのです。



向島には渡船を使います。
料金はたったの100円。
一度、自転車で瀬戸内海を渡ってみたいものです。



尾道(437M) → 三原(141M) → 広 ◆

尾道から三原駅に向かいます。
たまたまやってきたのは快速サンサンライナーに使われる117系。
JR西日本の割にはデザインがいい車両です。



Setouchi Sea Side Rapid Service 略して SSSRS 。
と、検索してもサンライナーがヒットすることは、ほとんどありません。



糸崎に着きました。
糸崎にはせとうち地域鉄道部の車両基地がありますが、主に乗務員の詰所で昔のような機関区の機能はありません。



EF210、通称桃太郎が貨物を引っ張って通過していきました。



三原から呉線に入ります。
105系イエローに乗車します。



近郊路線を外れ、ここから一気に旅ムードになります。
窓の外には穏やかな瀬戸内海が広がります。



しまなみ街道の島々を遠くに望み、その向こうは四国とつながっているのです。



すごく美しい海岸沿いを列車は走ります。




列車は忠海駅に着きました。
「ただのうみ」と読みます。
観光案内看板がありますが、忠海駅前より出ている船で、休暇村大久野島にわたることが記されています。
大久野島はその昔、戦争時代に毒ガス製造の島で、とても暗い過去がります。
今や、観光の島と共に野生化したウサギの楽園としてリゾート地になりましたが、「毒ガス資料館」が当時の歴史を伝えています。



大乗駅に停車しました。
火力発電所の大きな煙突が見えます。



広駅に到着です。
この駅で乗り換えのために下車します。
この駅はJR貨物の広オフレールステーションがあり、貨物基地にもなっています。





広(649M) → かるが浜 ◆

広駅からは115系の瀬戸内色に揺られ、かるが浜で下車します。
調子に乗って年末に「ちょっと、かるがって来ます。」とメールした私。
「かるがってくる」で検索しても、「かるが浜に寄る」って意味では検索されませんでした。当然か。



駅は島式で、交換駅になっています。



中央の階段付近にあった列車接近の案内板が、やたら古かった以外は普通の駅でした。
簡易自動改札もあります。



かるが浜駅は、その昔、仮停車場として運営された経緯あり、その後廃止されましたが、1999年に今のかるが浜駅としてオープンしました。
駅設備なども比較的新しいのも、この為です。



改札を出て、駅名の由来、ロマンティックビーチかるが浜に行ってみました。
ホームからも見える距離で、徒歩で5分以内で到着します。



・・・っと、砂浜は工事中でした。
かるが浜の情報には工事中だなんて掲載されてなかったよ。
でも、聞いていた事と違うのも、旅の楽しいところです。



夏の海水浴シーズンを狙って本格的に営業するのでしょう。
まして、こんな年末に人の気配もありません。
ロマンティックビーチは閑散としています。



燦々と照りつける真夏の太陽を受け、青々と茂るヤシの木。
夏の旅ならおそらくこういう表現になるのでしょう。
この時期なら、突然の激しい風にばさばさと葉音をたてる、寒々しいヤシの木。という表現です。
それにしてもすごく寒いのです。





かるが浜の一角にはバーベキュー広場もあります。
その横にはアスレッチック広場もあります。
海水浴シーズンには、海で遊び、豪快にバーベキューをしたり、楽しそうです。



かるが浜(3939M) → 天神川(1559M) → 宮島口 ◆

かるが浜で十分にかるがった後は、広島方面に向かいます。
瀬戸内色の115系に乗車し、次の目的地、天神川駅で下車します。



途中、坂駅付近の沖合い大型船が停泊しています。
事故かな?と思い検索しましたが、特に何も引っかかりませんでした。



列車は天神川駅に到着です。
この駅も2004年に出来た比較的新しい駅で、上り線と下り線の間に広島貨物ターミナル駅が挟まれています。
ここで下車します。
今回の狙いはセノハチの補機です。



いましたいました、セノハチの補機です。
簡単に説明すると、通称セノハチとは、瀬野-八本松間の急勾配の山越えのことです。
セノハチ越えで、総重量600トンを超える貨物列車にはEF67補助機関車(通称:補機)を連結し、安全に山越えできるという訳です。
補機のEF67は全部で8両在籍(2011年12月現在)しています。
詳細は、1号機、2号機、3号機、101号機、102号機、103号機、104号機、105号機の計8両です。
今回ここで確認できたのは4両の補機でした。




EF67-3号機。
1〜3号機は101〜105号機と比べて少し見た目が違います。



EF67-105号機。



EF67-102号機。



EF210と、EF67-101号機。




セノハチでは、貨物列車が補機の後押しで勾配を登った後、補機を走行中に貨物列車を切り離す「自動開放」という曲芸も行われていました。
2002年には廃止になりましたが、動画サイトには自動開放の様子がアップされています。

セノハチのEF67を撮影した後は、年末で混雑する115系に乗車。
この後広島駅ですごい数の乗客の出入りがあり、宮島口に着きました。
時刻は15:27。
ここで下車した乗客は宮島に渡りで年越しをするのでしょうか。



宮島桟橋へ通じる商店街、もみじまんじゅうに、あなご飯、牡蠣そばなんて珍しいメニューがあります。



宮島桟橋はすごい人です。



30倍ズームで厳島神社と大鳥居を撮影しました。



私の旅は宮島にはよらず、山陽本線を進みます。
この後は、岩国から夕暮れの岩徳線に乗車し、九州は門司港を目指します。


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