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下灘の夕陽を求めて 【3】 DE50と坪尻駅 ◆

2011年4月3日(日)

四国鉄道文化館 ◆
続いて、DF50-1を見学します。
このDF50の1号機は、日本で唯一の残っている動体保存の車体です。
ここ、四国鉄道文化館内で展示されていますが、いつの日にか線路に復帰するのを楽しみにしています。



こうやって見るとかなり迫力があります。
ところで、元々こんなつぶらなテールライトでしたっけ?





区名表札の看板が寝台マーク。これはちょっと特別な感じがします。
タブレットキャッチャーも立派です。



訪問時はDF50の側面の窓が取り外されていて、中のディーセル機関を見学することができました。



いろいろと機関の名称が記されており、パンフレットと見比べながら見学できます。
実際は何のことか分かりませんでした。




運転台に入ります。
まず床が木製、そしてクーラーがないので、夏場は扇風機のみの過酷な労働になります。
さらに使い込まれた灰皿。古き良き昭和の時代は、何でもありだったのですね。

そういえばトイレがありませんが・・・
いや、真ん中の機関室に小さな休憩室みたいなのがあってそこにトイレがあるはず、でないと我慢できなくなったら大変だ。
と思っていましたが、今回の見学で、休憩室どころか、トイレすらない事がよく分かりました。
機関士は大変な労働条件なのですね。





パンタグラフの展示があります。
間近で見ると結構大きいのですね★



そのほか、タブレット類、方向幕の展示があります。





中でも信号炎管と信号雷管の実物が展示してあります。
信号炎管は列車の緊急時に使用する発炎筒のようなもので、赤い炎を出し他の列車に警告する装置。
信号雷管はレールにセットする爆竹のようなもので、列車がそれを踏むと爆音で運転士に警告する装置です。



四国鉄道文化館(徒歩) → 伊予西条(128M) → 多度津(1247M) → 善通寺(1249M) → 琴平 ◆
四国鉄道文化館を後にして、次の目的地、坪尻に向かいます。
2時間少し予讃線の列車にゆられ、多度津で土讃線の列車に乗り換えます。
善通寺駅で下車し讃岐うどんを食べる予定が、お店は満員。
並んでまで食べる気はなく、そのまま後続の普通列車1249Mで琴平に向かいました。




琴平(4251D) → 坪尻 ◆
車両が変わっていることに気がつきました。
これまで、琴平から先の土讃線はキハ54でしたが、1000形が入ってきています。
調べると、土讃線のホームの嵩上げ工事が終わり、2011年3月から運用されているようです。



坪尻に着きました。
ホームの一部が真新しく嵩上げされています。
工事用の車が入れない駅なので、資材の搬入などは保線用の車両を使ったのか、どうやって工事したのかは不明です。





ホームの反対側に来ました。
夏なら草が生い茂り道が分からないのですが、この時期なら散歩できます。







下草が育ってないので蛇や蜂の心配はありません。
何も恐れることなく、あちこち歩き回れます。





4月ですがまだ気温の低い時期が続く坪尻駅。
ようやく、植樹された桜の花が開きそうです。



この手袋、覚えていますか?
今年の1月に訪問し、雪だるまを作った時に使った手袋です。
雪はすっかり消え、手袋だけが残りました。
今年の冬にも、この手袋を使って、雪だるまを作りたいです。



駅ノートを描かせて頂きました。



他の絵師さんの画像もご紹介します。
いつもキャラをお借りしているじゅうじさま(左)、風のようにふらっと現れる旅のメイドさま(右)のイラストです。


イラストを描いていると、男性に声を掛けられました。
狭い待合室内、その場はローカル駅の話で盛り上がりました。

坪尻(4261D)→阿波池田 ◆
坪尻を出て、阿波池田まで進みます。
阿波池田では、車庫に控えている車両を撮影します。
奥にトロッコを牽引するキハ185-26が停車しています。





一通り撮影を終え、駅の外に出ます。
いつもの事ですが阿波池田では、かなりの待ち時間が発生します。
何度もこの阿波池田を訪問し、ようやく時間の使い方が分かりました。
大きく3つです。
1、駅に併設の軽食か、商店街の中でコーヒー。
2、池田温泉で汗を流す。
3、池田バスターミナル横のショッピングモールで買い物。
ほとんどが3番で時間をつぶします。
ちなみに、予定では2番の池田温泉の予定でしたが、定休日でした。
ショッピングモールでは、意味もなくファッションセンターシマムラのような服屋で服を見て、スーパーでビールとお菓子を仕入れ駅に戻ります。

阿波池田(4258D) → 琴平(1274M) → 坂出(3154M) → 岡山(1332M) → 姫路(3318M) → 大阪 ◆
ホームに戻る4258Dが停車していました。
乗り込むと、窓越しにトロッコ車両キクハ32-501が撮影できました。




手順に姫路まで戻り、少し遅めの晩御飯を頂きます。
天ぷらえきそばです。



そして22:18、大阪に戻ってきました。
今回の旅は、下灘駅の夕陽と四国鉄道文化館のDF50-1がすごく印象的でした。
あと坪尻駅でゆうゆうさんに出会ったことも大きな事です。
今こうやってサイトにもリンクをさせていただいているのも、たまたま偶然の結果なのですね。
そう思うと、出会いとは本当に面白いものです。

話は変わりまして、2011年3月11日の東日本大震災が発生し今現在も多くの方が被災され不自由な生活をされています。
不幸にも亡くなられた方もたくさんいらっしゃいます。
鉄道ファンの同士とも言える方の中にも、亡くなられたり、不自由な生活をされている方もいらっしゃるでしょう。
さらに追い討ちをかけるように放射能だなんだと騒いだ結果、風評被害が多発しています。
震災の被害は少ないものの観光地として成り立っている場所も、風評被害で大変な目に遭われています。
この夏には風評被害が大きい東北を回り、現地でできるだけお金を使い、少しでも貢献できればという旅を計画します。


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